戦後労働運動史

戦後労働運動史 48 中間総括

さて次回は第5部 MSA下の労働運動 に入ります

318ページですから432ページで最後ですから半分をこえました

第27章で政治的危機と闘争の敗北となり60年安保闘争と6・15について書いてあります

あと8年分労働運動史があるわけです

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戦後労働運動史 47 3 電産・炭労を中軸とする秋季闘争

ここでの斉藤さんの情勢分析は 

政治的に  日本共産党とは一線を画してるとはいえ

2段階戦略 民族独立からのアプローチであり 

そのまま要約すると混乱するので 

事実関係で正しいものだけを 抜書きしますので 原文とは 相当異なります

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戦後労働運動史 46 2 労働戦線の再編成

 第15章 総評系労組の自己批判

7月8日から11まで総評第3回大会

直前に自由労連が70万ドル(2億5200万円)の反共資金でアジア反共化にのりだすとの報道

6月17日 産別会議と統一委員会は「総評を中心とする愛労の売国ボスはもちろんのこと、いわゆる民同左派といわれる総評事務局長高野実や総評国際部長石黒清(炭労)らは、反共資金の2億5200万円に眼がくらみ、必死で総評の自由労連一本加盟を策動し、日本の労働者階級をアメリカ帝国主義者に売りわたそうとしている」といった

新産別も 高野が「資金を・・・独占するために、総評一本加盟案をだした・・」と暴露した

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戦後労働運動史 45 第15章 総評系労組の自己批判 1

第15章 総評系労組の自己批判

1賃金闘争と労闘ストについての自己批判

6月16日~18日 日教組大会

「日本の民族的課題にたつ両条約反対・・・闘争を闘いぬく以外ない」

6月23日~26日 私鉄総連大会

「労闘ストの足並みを乱したことを全労働者に謝罪」

合化労連大会

「いまの労組の基本的な性格は企業別組合として、資本の利益に直接むすびついた組織であり、そのために共闘すら大衆的基盤のうえにくまず、下部のもりあがりを極端に恐れ、闘争をサボる傾向が一般にあらわれたこと、この闘争サバは首切り攻撃によって、なお強められたこと、経済闘争との結合が弱かったために、決定的な攻撃となるだけの圧力にならなかった」

7月15日~20日 国鉄労組別府大会

 民同左派の合法闘争やハンストという請負闘争に大衆のふんまんが爆発

 革新同志会=労農党員グループは 民同右派とくんで執行部を握ったが、10月23日の水戸中央委員会で民同左派大和田を委員長とする左派と革同の連立政権がうまれた

 こうして国鉄労組は52年の暮から、実力闘争に入っていったが、企業内闘争にとどまり左翼改良主義に移行しただけであった

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戦後労働運動史 44  4 流血のメーデーのつづき

 総評・労闘は第3派の労闘ストの計画をたてはじめた

 総評右派は、組合機関から追い出されると考え、ストに執拗に反対した

 左派はストライキ委員会を提唱し、指導権を独占しようとした

 左派社会党は労闘ストの足を引っ張り続けた

 第3派は6月7日と17日の二段構えでいくこととなった

 炭労中闘は動揺し7日ストを17日にのばし、ストを時間外拒否にすりかえた

 常磐労組は指令を拒否、山口、九州の一部は指令を実行しなかった

 しかし7日スト見送りをのりこえて、全鉱大平、古河二労連は24時間ストに突入

 海員も2時間の停船スト、三菱造船20時間スト、電産8時間スト

 他はほとんど2時間スト、職場大会、賜暇などでストライキ委員会は企業別組合にはねかえされてしまった

 第2派ストも左派17日と右派20日に二分され

 17日はスト80万、その他204万、地方単独組合16万の合計300万であった

 20日のストも海員、全繊、私鉄は労相吉武、官房長官保利と会談したが譲歩はなく形ばかりのストとなった

 こうして7月4日には破防法が、11日は労働法改悪案が国会を通過した

 共産党主流(所感派)は「破防法を粉砕するだけでは食えない。おっかあと子供は養えない。手当てだ、賃上げだ。これに勝ちぬくことが破防法の粉砕だ」

「全党の努力と組織を選挙のために集中することが、現下の急務である」と

破防法闘争を、経済闘争から、さらに選挙闘争におきかえてしまった

 しかし破防法闘争および血のメーデー闘争は大衆をきたえあげ、

社会党や共産党の説教に耳をかさず、

労働運動は急速に上昇戦をたどりはじめ次の闘争の準備にとりかかった

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戦後労働運動史 43  4 流血のメーデー

 4 流血のメーデー

 23回統一メーデーは「講和、安保2条約粉砕」「民族の独立を闘いとれ」「朝鮮即時休戦」「破防法反対」などのスローガンをかかげた

 中央会場の外苑広場には50万人 

 誰いうともなく「人民広場に行こう」という声がおこり、日比谷公園に入った一隊は、外国通信社の自動車に石を投げて追っぱらい、総司令部前を通って、人民広場へ

 他の部隊は、アメリカ軍兵士を濠に投げ込み、アメリカ軍自動車のガラスを叩き割って、ひっくり返し,火だるまにした

 5000の完全武装の警官隊が、デモ隊を襲撃、労働者学生は激昂して衝突、4時間にわたって白兵戦をくりひろげた

 警官隊は催涙弾をなげ、ピストルで労働者をねらいうちに、労働者は石を武器にしてたたかった

 5名が射殺され、300名以上が重傷を負い、1000名をこえる負傷者が出た

 流血は東京だけでなく、京都円山公園で200名の重軽傷など、全国で血のメーデーとなった

 総評は「共産分子がおこなった集団的暴力行為であり・・・・メーデーを汚した反労働者行為である」と非難声明をだした

 左派社会党だけでなく共産党主流も仰天した

 党の軍事組織は問題にならないほど小さく、血のメーデー事件をひきおこすほどの力をもっていないことを知っていた地下指導部は仰天し、大衆の闘争意欲が党の武力行動の準備よりはるかに進んでいるものと考えた

 党のたちおくれを取り戻し、本格的な武力闘争の準備に取り掛からねばと、5月から6月にかけて軍事方針が実行に移され、中核自衛隊が姿をあらわし、火炎瓶が乱れ飛んだ

 5月30日の新宿駅事件、3名の労働者が射殺された板橋岩の坂派出所事件、

 6月25日大阪吹田駅衝突事件、枚方事件、姫路事件などである

 しかし導火線とならず次第に孤立し、7月徳田球一の党30周年記念論文をもって火炎瓶闘争は姿を消した

 政府はこれに1000名をこえる労働者、学生、朝鮮人を逮捕

 総評にたいする非難攻撃が激しくなると、高野実は「共産分子の・・・反労働者行為」という声明をだしたが、人民広場の使用禁止など労闘ゼネストまで発展した労働者の怒りはすさまじく「声明」を訂正せざるをえなかった

 血のメーデー以後闘わない執行部を引きずりおろす、妥結を不満として執行部を改選する、妥協的な執行部をつきあげて闘争に入る新しい動きがはじまった

 日炭高松、日産化学、沖電気、三菱下丸子、三菱横船、鉄鋼5社などである

つづく

さて今回からインターナショナルという闘争歌を労働者階級が全面的にとりもどすために色んなものを紹介していきたい

 ネットでさがすと スターリンが出てくるものがほとんど

 スターリン主義というのは 労働者の階級性、国際性をまったく信頼できず、一国社会主義で世界革命を敗北させた思想で 、インターナショナルと真っ向から対立する存在

 だから いま よみがえらせよう インターナショナル

 西郡の解放同盟の定期大会で、複権していました

 音符はなく

 たーてー うえたるものーよっ いまーぞ ひはちかしー

 という歌詞カードだけですが いいですね こうやって取り戻していくんですね

 次に紹介するのはハリウッド映画「レッド」のなかで描かれたインターナショナルですhttp://www.youtube.com/watch?v=c13q2wYZr_0&feature=related

 ジョン・リードというアメリカの共産主義者でジャーナリストの波乱万丈の生き様を、

恋愛を織り込みながらつくられた映画でジョン・リードを知る人の証言なども構成されています

 ジョン・リードの書いた1917年10月のロシア革命のドキュメントは、

今は「世界をゆるがせた10日間」という本になっています

 1917年ロシア革命

 世界中をこのニュースがかけめぐり労働者に希望をあたえました

 ジョン・リードのルポルタージュは ロシア革命の熱気をもっともリアルに感動的に世界に発信しました

 ハリウッド映画は赤狩りがもっとも吹き荒れたとこで 今もその傷跡を背負っています

 アメリカではレッドとかメーデーという言葉はアメリカが出生地にもかかわらず口はばかる言葉でした

 いまアメリカの労働者階級は社会的にも公然と複権しはじめました

 労働者階級の動向がアメリカの政治を決めているのです

 オバマは アメリカ資本主義の労働者階級の闘いにたいする最後の防波堤として登場しているのです

 メーデーは一昨年移民労働者の行進で そして昨年 ILWU ローカル10の5・1ストによって完全によみがえりました

 世界の労働者階級の先頭に、再びアメリカ労働者階級がよみがえっているのです

 例えば これは 港のシクロオヤジの勝手な思い込みかも しれませんが

 アメリカの人気作家  スティーブン・キングの「ショーシャンクの空に」

 ロックハンマーを頼むと注文を受けた時に モーガン・フリーマンはティム・ロビンスに

 自分のことを レッド と呼んでくれとギャグにしています(モーガン・フリーマンがフフッと複雑に笑うのですが)  

 なぜ ギャグとなるのか

 共産主義者へのアメリカ人の独特なイメージ(尊敬と畏怖)を、 刑務所、調達人という存在とだぶらせているからだと 思うのです

 俺が恐いか 付き合いたくないか 不気味だろ ここでは古いんだ なにか困ったことがあるか  頼りにしてくれよ 裏切りはしない だから レッドと 呼んでくれ こんな感じでしょ

 ちなみに ジョン・リードはアメリカ西海岸のオレゴン州の港湾都市 ポートランド出身(シアトルに近い)

 スティーブンキングは東海岸のメイン州の港湾都市 ポートランド出身(ボストンに近い)

 貧困からはいあがってきたスティーブンキングにとってジョン・リードは 尊敬と畏怖の存在 としてあったのではないでしょうか

 アメリカの労働者階級が闘争の場で公然とインターナショナルを歌う そういう時代がやってきた

 そういう自分達の闘いで歴史をつくる 

 わくわくしますね 

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戦後労働運動史 42 3 破防法闘争

  総評は52年春季闘争を平和と独立の闘争として 賃金闘争とともに団規法反対闘争としてたたかい、3月1日労闘総決起集会10万、総評緊急評議会20日からのスト方針、ゼネストの時期が討議され始め、闘いは組織の枠をこえて400万労働者が共闘を組織していった

 政府・資本家は、この400万に恐怖し、治安立法、労働法改悪法案は見送り 3月27日 破壊活動防止法が23回も書き換えられて国会に提出された

 2・1ストに匹敵するこの政治ストを切り崩すために、日経連はストを指令した組合幹部を首にすると恫喝

 愛労系右派は、破防法のなかに労働運動には干渉しないとの一項をいれさせる修正を求め

 労働大臣吉武は4月12日スト前日に 総評議長武藤に修正案を提示 

 炭労25万がまず ストを延期 全鉱7万5千も脱落したが30万の労働者がストに突入、職場大会、休暇、定時退庁など含めると150万がたたかった

 政府は「総評は健全化しつつある」といって態度を豹変、修正案をひっこめ、はじめの案でいくとし「もし18日に第二派にはいる組合があれば、政治ストとみなした首切りを断行する」と脅迫した

 第一波スト回避にたいする労働者の憤激はものすごく炭労副委員長の柴田は北海道から本部あてに

 「オシャカサマデモ セットクデキヌ」と電報をうつほどで

 18日、戦後初めての政治ストが労闘110万6000名、職場集会など243万4000名その他独立組合、中立組合など合わせると400万をこえる労働者が参加した

 4月23日にひらかれた炭労大会で、委員長武藤のわび証文はみとめられず引き摺り下ろされ 総評議長もやめさせてしまった

 

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戦後労働運動史 41 14章 破防法闘争と流血のメーデー 2 理論生計費と賃金綱領

 2 理論生計費と賃金綱領

 52年2月28日日米行政協定調印

    この日 共産党地方組織機関紙818が発行禁止

     3月28日非合法機関紙「平和と独立」の印刷所、配布先など全国1850ヶ所が捜索

      29日山村工作隊への一斉手入れ

 共産党は新綱領で当面の日本革命の性質は民族解放民主革命と規定

 2月には「中核自衛隊の組織と戦術」という非合法文書を出し

 軍事委員会の指導下の中核自衛隊を中心として、広範な大衆を闘争に動員し、それを人民軍として育てあげ、武力革命に突入するという方針をとった

 一方、社会党右派は、「領土および賠償条項の改正につとめる」という外交方針

 左派は「講和条約改正、安保条約破棄」という方針で右派との妥協による共同政権を夢見た

 民同左派は「一方を改正、他方は破棄とは、原則的に量条約を承認したことになる」と大衆の動きをみながらけん制した

 高野は1月労闘会議で「春闘の展望と行動のプログラム」で「とうめん弾圧法規反対と賃上げと産業防衛の三つを再軍備反対の立場からとりあげる」として総評の春闘方針を決定していった

 1月26日弾圧法規反対大会

 2月上旬 弾圧法規衆院上程にあわせて全国いっせい時限スト

 3月上旬 私鉄賃上げストと 参院上程をにらみ第二次時限スト

 この民同左派(労働者同志会)の左旋回に民労研(右派)は「お話にならない現実遊離の作文」で「共産党を助けている」とかみついた

 賃金闘争において、これまで政府統計のCPI・CPSを根拠にしてきたものをやめ

 理論生計費(マーケット・バスケット)を作成し、最低賃金制の内容をなすものとして、5人世帯で4万5296円とした

 51年当時 労働基準局が583万人の労働者の賃金調査で 8000円以下の低賃金労働者は44.8%だったから

 多くの労働組合は いきなり4万円を要求しうるはずもなく

ごまかして圧縮したりしたのでこれは 役に立たなかった

 鉄鋼労連の賃金顧問の永野 順造は 総評として賃金綱領を発表した

 賃金闘争と最賃制闘争を区別し、「いかなる労働者にも8000円を」という最低賃金要求

 そして賃金要求は大衆討議という形を通して、指導部と大衆が結びつき ベース賃金を打破しようと この8年間 続けてきた毎年春秋の2回の賃金闘争を組織する とした

 賃金闘争そのものを放棄し、同時に最低賃金制闘争もまともにとりくんでこなかった産別会議、共産党は

 激甚に反応し「最低賃金制は、いうまでもなく民族解放民主革命の実現なくしては、現在の制度のもとでは不可能である。これが実現できるような幻想をあたえることは、・・・」と攻撃した

 共産党は総評のマーケット・バスケット方式の説明のあげあしをとって否定し まだ理論生計費の方が合理的だとか支離滅裂な理論を展開していたが、このときには共産党には労働運動のなかで指導する力はもっておらず、耳をかす労働組合もなかった

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40 戦後労働運動史 第14章 破防法闘争と流血のメーデー

 1、日米行政協定

 51年10月ドッジ、11月副大統領バークレー、52年国務次官補ラスク、12月ダレスなどが続々来日し、日米行政協定が調印され安保条約の内実が確定していった

 1、アメリカ軍には刑事裁判権はおよばない

 2、軍事活動に必要な土地は自由に選べる

 3、駐留兵力の無制限の自由

 4、施設区域の無償の提供と、駐留費用1億5500万ドル の負担、鉄道・通信・電力などの優先利用

 5、米兵・軍属・家族の輸入関税免除

 6、米軍安全のための防諜法・軍機保護法の制定

 7、極東の平和と安全・内乱鎮圧のための随時の出動

 これと並行して

 再軍備

 軍需生産体制

 財閥の復活などが推し進められた

 経済は朝鮮戦争特需で完全にたちなおり鉱工業生産は戦前水準を突破した

 1932年を100とすると51年115、57年263の生産指数

 ここに1951年から52年中間恐慌が襲いかかった

 全産業で大規模な操業短縮となった

 吉田内閣は米の統制撤廃で失敗し政治危機にあったがアメリカはダレス会談などでてこ入れ

 治安立法、労働法改悪、講和関係予算をめぐって再び激突がはじまった

 スターリンは52年「外国の占領にともない不幸な状態におちいっている日本国民に・・・・・平和を守る闘争で成功をおさめることを希望する」とメッセージをおくり

 スターリン裁定で宮本は自己批判書を提出し分裂から組織統一し、51年10月に新綱領を発表した

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39 戦後労働運動史 13章単独講和反対闘争の敗北 2 秋季闘争から越年闘争へ

 批准国会での警察予備隊費150億円増額にたいし労働者はすぐに秋季闘争、越年闘争にたちあがった。

 炭労は、単独講和反対闘争との結合、他単産との共闘を拒否して10月27日から72時間スト、31日から古河をのぞく大手8社の48時間スト、9共闘は無期限ストと二次三次とストに突入し、あわただしく坑内550円、抗外340円、ノルマア現行通りの大幅賃下げ・増産運動で屈服し、三菱美唄などでは113%の労働強化がおそいかかった

 鉄鋼労連は45組合でスト権を確立し23組合5万7千名画ストに突入し越年闘争がはじまった

 合化労連5組合、私鉄富山鉄道、全繊綿紡部会、電産、日通、京都市電・市バスがストに入ったが、政府・資本家は警察の襲撃などで徹底的に弾圧した

 松阪職安の二階に集まったニコヨン労働者271名には、警官隊が石を投げ、トビグチをもって襲いかかり、退去した労働者全員を検挙した

 資本家側は越年資金ではなく賞与としてだしてきてが、労闘は動かず、電産と炭労は共闘拒否、総評は統一的に組織せず、労働者は組合不信をつのらせ、国鉄直江津の労働者は「いままでおさめた組合費を返せ」と要求した

 産別会議は賃金共闘を連絡会議に限定しようというのにあいそをつかした全自動車、全港湾は総評に近づき、反撃を要求した

 

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