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高麗大学の キム・イェスルさんの壁新聞 私は大学をやめる

韓国の高麗大学も法政大学と同じだ

キム・イェスルさんの書いた壁新聞の全文訳

「今日私は大学をやめる
  いや、拒否する。」


今日私は大学をやめる。*G世代(注釈)として「輝く」か、*88万ウォン
世代として「借り」をつくるか、その二極化の合間で不安な駆け引きをする
20代。

何かが間違っているようだが、どうする術もなく不安と挫折に耐えながら、
前だけを向いて走り続けなければならない20代。

その20代の真っ只中で他の道はこれしかないという最後の頼み綱としてこれから私の物語を話そう。

これは私の物語でもあるが、私だけの物語ではあるまい。

私は25年間、競走馬のように長いトラックの上をうまく走り続けてきた。

優秀な競走馬として、共にトラックを疾走するたくさんの友だちを追い越し蹴落としたことを喜びながら、またある時は自分を追い越していく友だちに不安を覚えながら。

このようにしていわゆる「名門大学に入学」という最初の関門を突破した。

しかし、何かが違う。

もっと強く自分を鞭打ってみても、足元から力がぬけ、心臓の鼓動も聞えない。

今、私は立ち止まりこの競争のトラックを眺めている。

この先には何があるのだろう。

「就職」という二番目の関門を通過させてくれる資格の束が見える。

君の資格より自分の資格が優秀で、また他の君の資格よりは私の資格が無
力になり、そうして新しい資格への競争がまた始まるだろう。

やっと私は気が付いた。

自分が走っているこのトラックに終わりがないことを。

いくら走り続けても永遠に草原には到達できないトラックであることを。

これから私の敵について話そう。

これまた私の敵であるが、私だけの敵ではないだろう。

「資格商売ブローカー」に成り果てたブランド名ばかりの大学。

それがこの時代の大学の真実だ。

大学はグローバル資本や大企業に最も効率的に「部品」を供給する下請け業者となり、私の額にバーコードを刻む。

国家はまた大学の下請けとなって、義務教育という名で12年間規格化された「人間製品」を製造する。

企業はより高い値札がついている者だけがピラミッドのトップにアクセスできるように色々な新しい資格を要求する。

この激変の時代に10年も経てば古びてしまい使い物にならない私たちはまた大学院へ、そして留学へと専門課程に突入する。

ハイ・コスト・ロー・リターン(高コスト低収益)の悪循環は永久に終わらない。

「世界を舞台に君の能力ほど自由であれ」というグローバル化、民主化、個人化のあふれるような自由の時代は、そのまま資格の時代となってしまった。

卒業証書もない人生に何ができるだろうか。

資格もない人生に何ができるのか。

習された怯えや不安はまた私たちをその前に跪かせる。

考える余裕も、省みる余裕も与えまいとするようにまた他の偽の希望が出てくる。

「教育が問題だ」、「大学が問題だ」と言えるしっかりした考えを持った大人たちですら、私たちにこう言う。

「成功して世の中を変える『Ruler(統治者・支配者)』となれ」
「自分がやりたいことをしなさい。私は君を応援する。」
「自分たちの権利を主張しなさい。石ころでも持って!」

そして、一言付け加える。「それでも大学は卒業しないとね」

その結果が何なのか誰もが知っていながらも、大きな学問も大きな疑問もない
「大
学」のない大学で、自分が誰なのか、なぜ生きるのか、何が真理なのか問うこと
もできない。

友情もロマンも師弟間の信頼も見つけられなかった。

最も純粋な時代、不義に対する抵抗も夢見れなかった。

いや、そんなことはとっくに忘れ去られていたとしてもよかった。

しかし、このすべてをあきらめた結果は本当に何だったのか。

私たち20代は限りなく投資対比収益の取れない「赤字世代」となって両親の前に申し訳ない。

若者がちゃんと自分たちで食い扶持を持てず、無力である。

20才になっても自分が何をしたいのかわからず、夢を追い求めるのが夢だから悔しい。

このままいつまで追い求めるべきなのか不安な私たち若者が哀しい。

私は大学や企業や国家、そして大学で解答を見つけ出せという彼らに大きな責任を問う。

深く憤怒しながらも、同時に彼らの維持者となっていた自分にも小さな責任を問う。

深い哀しみの中で「勉強さえできれば」すべてが許され、競争で勝ち抜く能力だけを育て自分という商品を高い値段で売りつけるために加工してきた自分が体制を支えていたことを告白せずにはいられない。

この時代に最も偽悪なものの一つが卒業証書人生である自分、自分自身
であることを告白せずにはいられない。

こうして私は今日大学をやめる、いや拒否する。

もっとたくさん積み上げようとするだけで、自分の人生が一度も開花せず枯れ
てしまう前に、使える商品として「選択」されず、人間の道を「選択」するために。

今や私にはこれらを持つ自由よりはこれらからの自由がもっと必要だ。

自由の代価として私は道を失くしてしまうだろうし、挑戦にぶつかるだろうし、傷つくだろう。

しかし、それだけが人生なのだから、人生の目的である人生それ自体をいままともに生きるために私は脱走し抵抗しようと思う。

思ったとおりに話し、話した通りに行動し、行動した通りに生きるという勇気
をだそう。

学費を捻出するために辛い労働をしている両親がまぶたに見える。

「申し訳ありません。この時期を逃してしまえば一生自分を探せないように思います」。

多くの言葉を涙で飲み込みながら春がくる空に向かい、深く息を吸い込んだ。

いまや大学と資本のこの巨大な塔から自分の分の石ころが一つ抜ける。

塔はびくたりともしないだろう。

しかし、小さいけれど亀裂が入り始めた。

同時に大学を捨て真の大学生として一歩を踏み出す一人の人間が生まれる。

今私が拒否したものとの次の戦いをひかえて私はいう。

「そうだ、どっちが強いかは戦いが終わって見なければわからない」。

2010年3月10日
高麗大学 経営学部 キム・イェスル

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