« 世界金融恐慌のはじまり | トップページ | 砂の器 »

恐慌下のアメリカの風景

 金融恐慌下のアメリカ・ニュージャージー州の風景をJMMで作家の冷泉さんがレポートしています。

 転載禁止なのですが、よくアメリカの情況をつたえているので無断転載します

 そして作家=知識人といわれる人たちが世界的な金融恐慌をどのようにとらえようとしているか興味深い記事です

 冷泉さんのレポート とくにアメリカ大統領選挙についてのアメリカ人の一般的な見方は さすがアメリカ在住の作家だと 思います

 JMMはメール配信してくれますよ このくらいの宣伝で勘弁してね

http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/title3_1.html

 村上 龍さん 冷泉さんごめんね

「文明の裂け目」

 昨日まで自信満々だったアメリカ人の心は、揺れに揺れています。
今週の月曜日、10月13日は株価が大幅に上げて不安心理は少し和らぎました。

 何よりも株が上がったことで、週末に行われたG7、そして各国政府による金融機関への公的資金注入が「信認された」という意味合いが強いのだと思います。
 ですが、その翌日からは「恐慌(ディプレッション)の可能性は去ったが、やはり最悪の不況(リセッション)に入るのは逃れられない」という言い方がメディアに溢れ、その結果として株価は乱高下しつつ、月曜日の上げを帳消しにしています。

 では、アメリカでは今何が起きているのでしょうか?

 アメリカ発の世界不況の色彩が日一日と濃くなる中、何とかそれをお伝えしなくてはならないと思うのですが、ハッキリした方向性はまるで見えないのが現状です。
 ひたすらに、じっと耐えている、とにかく方向性が見えるまでガマンする、それが今週のアメリカの「空気」だとしか言いようがありません。

 例えば、10月11日の土曜日、株の下げ続けた「暗黒の一週間」が終わったその週末、私の住むニュージャージーの中部は、何とも不思議な静けさに包まれていました。
午前中、私は近所の「ウォールマート」に寄る用事があったのですが、ふだんですと買い物客でいっぱいのはずの土曜であるにも関わらず、店は閑散としていました。
このウォールマートですが、9月の業績も良かったようで「不況のために逆にお客を集めている」とうイメージから、今回の暴落に反して株価は堅調、そんなことから人が殺到しているのでは、そんな私の見通しは完全に外れてしまいました。

 パラパラといた客の多くは白人の主婦でしたが、ショッピングカートが交錯しそうになって、私が「お先へ」と譲ると何とも済まなそうな顔をするのです。
その優しい、そして自信のなさそうな表情というのは、全く性質の違うものですが、911からアフガン空爆までの短い期間にアメリカ人の見せた表情に似ているように思いました。
その反対に、生活用品を買いに来ていたインド系の家族連れはかなり険悪な雰囲気で、旦那さんは買い物をしながら何度も携帯で電話をするのですが、ヒンドゥ語の会話らしく内容は分かりませんでしたが、かなり切羽詰まったような雰囲気でした。

 インド系といえば、その「暗黒の一週間」の途中に、カリフォルニアで失業した金融関係のビジネスマンが一家で、無理心中するという事件がありました。
アメリカでは無理心中というのは、英語で「マーダー・スーサイド(殺人の後に自殺)」と呼ばれて、極悪非道の行為とされます。
最後の自殺が未遂に終わり「犯人」が生き残った場合には、その人間は厳罰に処せられるのが普通です。
ですが、この事件の際には報道のトーンは、どこか同情的でした。インド系だからキリスト教的な倫理を適用しなかったということは恐らくあり得ず、失職しただけでなく自分でも投資損を抱え、子供三人の将来を悲観したというストーリーには「石を投げる」ようなことは誰もできなかったのだと思います。

 人種のステレオタイプ的な言い方になりますが、私は数学に強いインド系の人は、今回の「マイナス」という「量の概念」にはどうにも耐えられなかったのではないか? そんな風にも思いました。
この日のウォールマートで険悪な雰囲気を漂わせていたインド系の男性のイメージもそこに重なって見えたのです。
勿論、正気なのはインド系の人の方で、放心して思考停止に陥っているアングロサクソン系の方がずっと病んでいるとも言えるのかもしれませんが。

 そんなわけで、いつもは大行列になるレジもガラガラで、店員が「どうぞ、こっちが空いていますよ」とニコニコ案内してくれるのです。
その店員はヒスパニック系でしたが、とにかく明るいのです。
丁寧に商品を区分けして袋に入れ、実に愛想が良かったのです。
ウォールマートと言えば、決して待遇は良くないというイメージがありますが、少なくとも雇用は保障されているということが、この店員の表情の背景にはある、そんな風に感じられました。

 ウォールマートからの帰り道、国道を少し走るとそこは何軒かの自動車ディーラーが並んでいる地区です。
ですが、国産系(ビッグスリーの中のメジャーなブランド)のディーラーは真っ暗で店を閉めている様子、隣の日本車ディーラーは開店していましたが、お客が来ないらしくYシャツにネクタイ姿のセールスマンが数人、店の外に出てボーッとしていました。
自動車のセールスが厳しいというのは、単に買い控えが起きているだけではありません。
銀行のクレジットの締め付けが厳しいために、自動車ローンを申し込んでも半分は審査を通らないというのです。

 中には自動車を買い取って、60カ月のローンを組むのはダメだが、所有権をクレジット会社から移転しないで済む36カ月などのリース契約なら承認が下りるケースもあるのだそうです。
 ですが、不況時には人々は、3年で新車を乗り換えるリースよりは、5年6年と乗り続ける買い取り方式を志向するのが自然ですから、事態はこれに逆行しているわけで、そうなると買い換えは止めようということになってしまいます。
 とにかく、銀行におカネが回るようにならなくては、クルマは売れないわけで、この辺りをどう打開するかは、かなり緊急の課題だと言えます。

 その日の昼食は家族で、大きなショッピングモールにある大手のファミリーレストランに出かけたのですが、ここも全くガラガラでした。土曜のランチタイムといえば、普通であれば着席するのに20分ぐらい待たされるのが普通なのですが、この日はお昼過ぎに入った時点で、お客は数組だけという状態でした。
 食事中、席の担当であるサーバーの女性は何度も「食事はいかがでしょうか?」と聞きに来るし、普通にランチを食べているだけのですが、店長らしき人物がやってきて「当店の食事はいかがでしょうか?」などと聞くのです。
 食べ終わって帰るときでも3割ぐらいしか埋まっていなかったことを考えると、お店の側でも不安で仕方がないということだったのでしょう。

 その一方で、大勢の家族連れを集めて賑わっている場所がありました。この11日の土曜日は晴天でした。
 ここ数日の冷え込みを経て木々はかなり色づいており、外出には最適ということで、「ウィンザーファーム」という郊外の観光農場は大混雑となっていました。
 この時期は、確かにこうした観光農場にとっては「かき入れ時」です。
 10月31日のハロウィンを前にして、カボチャを取ったり(パンプキンピッキング)、同じくハロウィン用のオレンジや黄色の菊の鉢、あるいは野菜などの秋の味覚の買い物などで賑わうのです。

 子供が退屈しないような趣向もあり、ポニー乗馬の体験コーナーや、ヘイライドという「枯れ草運搬用のトラクター」に子供たちを乗せて農場をぐるりと回るツアー、あるいは全くの子供だましではありますがオバケ屋敷(ホーンテッドハウス)なども臨時に店開きします。
 この11日の日曜日、この辺りではまあまあ有名な観光農場にはお客が殺到していて、臨時に設けられた駐車場からクルマが溢れそうになって、警官まで出動する騒ぎになっていました。

 私は子供たちが小さかったころ何回か、この季節にこの農場に来たことがあります。
 その時はこんなに混雑するような場所ではありませんでした。
 その後の人口急増で、子供のいる家庭が増えたのは事実です。
 これに伴って住宅価格は大幅に上昇しています。
 ですから、子供さんの小さな家庭になると、住宅購入価格はずっと高くなり、したがって不動産ローンの月額返済額も大きいわけで、所得の層もずっと上になるのです。
 ですから、この日の「ウィンザーファーム」にずらりと並んだクルマは、大型のSUVなど高級車が目についたのも自然というわけです。
 実は先週の半ばからは、こうした「プライム(優良なローンの借り手)」が支払い能力を失って家を
手放すようになれば、それこそ住宅価格の下落に歯止めがかからなくなるということが言われていました。

 そうした意味では、この週末にのんびり農場で時間を過ごすことができているというのは、とりあえず「安全」な人たちなのでしょう。
 ですが、それにしてもこの日の混雑は異様でした。人々の表情は穏やかでしたが、そこには「暗黒の一週間」の疲れを癒したい、少なくともこの秋の日だけは、小さな子供を含む家族と共に静かな時間を過ごしたいというムードが明らかでした。
 この農場のあるウィンザーという集落は、1818年の入植と言いますから、この辺りでもかなり早期にヨーロッパからの移民が入ってきたところで、50世帯という小さな町ながら、歴史的なコミュニティに指定されています。
 今は廃屋となっていますが、19世紀のものと思われる民家も残っており、どこか時間の止まったような場所です。

 開拓時代の面影を残す農村で、株の暴落した週末に静かに家族と過ごしている人々を見ていると、私はそこにアメリカという土地とその人々が生み出した文明の継ぎ目があるように思えました。
 何か大きな変化がある、しかも不連続な継ぎ目がそこにあるのではないか、そんな風に思ったのです。
 今回の金融危機は、まだまだ出口が見えません。
 ですが、何かが大きく変わるのは間違いないでしょう。
 では、何が終わり、その次には何が始まるのでしょうか。

 それが分からない人間には、文明の継ぎ目というのではなく、今現在、自分たちが直面しているのは「文明の裂け目」ではないかという感覚があるのだと思います。
 これまで信じていたものが、瞬く間に色あせて行く中で、そこには不連続なものがあり、しかも未来は見えない、という事態の中で、ちょっと下を見れば奈落の底の暗黒しかない、もしかしたらそこに落ちていくのかもしれない、そんな恐怖があるのです。

 例えば、この「暗黒の一週間」に人々が打ちひしがれていた10月10日の金曜日、深夜のトーク番組「チャーリー・ローズ」で、マイケル・マッキーというエコノミストが「我々は人的資源の配分を間違えたのかもしれません。限りある労働力をサービス産業に投入してしまい、製造業を担う人材を育ててこなかった、そうしたことも見直すべきだと思います」という「反省」を口にしていました。
 この番組では、他にも「クレジットカードの借金残高を増やしながら消費するというライフスタイルを止めるべきだ」という発言も出ており、いわば「良くも悪くもアメリカ流」とこれまで思われていたものを、ゼロから見直そうというかなり画期的な議論が続いていたのです。
 「反省」の苦手なアメリカ人が、ここまで「過去を悔いている」というは明らかに異常です。

 終わったものの一つは、クリントン時代以降のアメリカを黄金色に彩った文明です。
 その文明とは、IT技術であり、グローバル金融でした。
 IT革命の方は、2000年以降に始まった「ITバブル崩壊」によりいち早くストップしています。
 技術の開発スピードが、付加価値の創造スピードを上回ってしまうことで、巨大なハイテク・デフレ現象が起きてしまったのです。
 また、IT技術を生かすビジネスモデルが確立できないままに、コンテンツビジネスの無料化が違法行為も含めて蔓延する中で、ハイテクのインフラやハードだけでなく、コンテンツすら実質的なデフレに直面してしまいました。

 ですが、グローバル金融の方は21世紀に入っても、しぶとく生き延びていました。
 そのグローバル金融も、今回の危機で崩壊に瀕しています。
 では、何が悪かったのでしょうか? 
 エリートが跋扈して複雑な金融工学を暴走させた、そんな格差社会が危機の元凶なのでしょうか?  それとも、極端なまでの成功報酬に人々を駆り立てていった人事評価システムに欠陥があったのでしょうか?
 あるいは、ミューチュアル(相互の)だとかトラスト(信頼)だとか言いながら、情報の「非対称性」を拡大していったのが悪かったのでしょうか?

 勿論、その全てが悪かったのでしょう。
 ですが、私は今回の危機の最も大きな原因というのは「金融工学が数字を抽象化しすぎて量の概念を見失った」ことにあるように思います。
 信用供与も、リスクの分散も、保証のシステムも、それぞれの概念や数式には間違いはなかったのだと思います。
 ただ、最終的な金融商品である「リスク洗浄後の債券」においては、実はリスクがゼロではないにも関わらず、まるでリスクが消し去られているように「見せかける」ことになり、その結果として「ローン債権」というものの元になっている三要素、つまり償還年数、金利、リスクの個別の「実体数字」という「量の概念」が全く見えなくなっていった、そこに問題があるのだと思います。

 勿論、例えば、あらゆる投資信託というものも最終的な「ファンド」そのものには、元になっている企業の価値であるとか収益性という「量的実体」は全く見えないわけで、正にそこに「情報の非対称性」があるのですが、ファンドの場合は例えば株や国債のファンドの場合は、一般の投資家はとりあえずファンドマネージャーを信じて任せているだけであって、一段階元の方へ寄ったそのファンドマネージャーのレベルでは、一通りその日の持ち分の中身というのは把握されているわけです。
 ですが、今回の不動産ローンの証券化、更にそこからリスクを抽出したり、希薄化するプロセスというのは、最終的にプロセスに参加した全員が、元の住宅ローンの条件なり破綻の状況、担保の時価といった「実体」に関しては「量的な概念」を見失ってしまったということに問題があるのです。

|

« 世界金融恐慌のはじまり | トップページ | 砂の器 »

人生幸郎的 責任者 出て来い」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/401536/24618222

この記事へのトラックバック一覧です: 恐慌下のアメリカの風景:

« 世界金融恐慌のはじまり | トップページ | 砂の器 »