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中国製冷凍ギョウザ事件の現地在住の日本人の率直な意見

 前進2330号の焦点 中国ギョウザ農薬事件の本質

 日中資本が安全切り捨て

 の記事に 天洋食品も「労働契約法」逃れをやっている とありますが、それについて中国在住の ふるまい よしこさんがレポートを送ってきているので紹介します

 太字で強調しました

 村上 龍さんのJMMから無断転載します(禁止されてますけどあえて)(ごめんちゃい村上さん)

 ふるまいよしこ
フリーランスライター。北九州大学外国語学部中国学科卒。1987年から香港
在住。
近年は香港と北京を往復しつつ、文化、芸術、庶民生活などの角度から浮かび上
がる
中国社会の側面をリポートしている。著書に『香港玉手箱』(石風社)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883440397/jmm05-22
個人サイト:<http://wanzee.seesaa.net>

 この冷凍餃子事件のニュースを、わたしはちょうど、ここ1年ほど続けてきた連載のために同じ河北省にある農村企業の経営者インタビューを終えて戻ってきてから知った。

 中国との付き合いは20年以上になるが、正直な話、わたしは農業、農村、農民との「お付き合い」はほぼ皆無と言ってよいほどであり、そのインタビューの下調べ、資料読み、さらにはインタビューの場で語られた言葉など一つ一つからわたしが知らなかった中国の「農」の現場の苦労を知ったばかりだったので、事件の報道を読みながらいろいろ考えさせられた。
 
 当初、千葉と兵庫で事件が明らかになってからすぐに「やっぱり事件の根源は中国にある」というイメージが強まった頃、わたしの頭の中にもぼんやりと、たぶん中国国内の都市住民たちでもほとんどが思い描くであろう、「薄暗く、汚れた工場」の様子が浮かんだ。

 こう言っちゃ何だが、中国の農村における衛生状態は、日本の生活に慣れた人間にとって想像もつかないレベルの場合もある。

 しかし、今回わたしが訪れた企業はクリーンで、そんな農村のイメージを払拭するに十分だったが、それでも過去目にしたことのある農村や農家の様子から出来上がった、いつもの「汚れたイメージ」を事件の現場に思い描いていた。
 
 しかし、答はシロ。

 少なくとも、日本側の調査においても、生産工場の衛生状態は満足いくものであったと伝えられている。

 生産現場は「グループ作業制で、一個人が勝手な行為を行える環境にはない」ということも証明された。

 その一方で、わたしが想像したような「汚れたイメージ」を期待していたのであろうか、メディアの一部が工場の敷地外に「同種製品の包装が散らかっている」様子を直接、「管理がずさん」という言葉で結論付けていたが、逆にいえば、工場外に目をやらなければ日本メディアですら「管理がずさん」と形容できる光景を見つけられなかったともいえる。
 
 もちろん、食品の包装用材が工場周囲に散らかっているというのは、それを日本に置き換えれば「ずさん」だろう。ただ、理解してほしいのはここが中国である、ということだ。

 日本企業がコスト安につられてこの国に進出するのはなぜなのか。

 なぜ、この国がコスト安で材料調達、作業運営を受け入れられるのか。

 それは少なくとも、ここが「日本ではない」からだ。

 中国に慣れた記者なら、生産工場が低レベルのそれだったのか、それとも上記のような満足度を満たすものであったかは判断できたはずである。

 現場で寒風の中待たされ、紙面を埋めるプレッシャーにさらされているからといって、現場事情を知らない読者に対して責任を負うメディアがあっさりと使ってよい言葉とは思えない。
 
 「これまでの中日間における波のように、中日の民間には冷静で理性的な者もいれば、激昂した声を上げる者もいる。日本の一部市民の怒りと恐慌は理解できないことではない、彼らは被害者なのだから。

 これを単純に『嫌中』と取ってはならない。

 これは人の命にかかわることであり、どこの国の食品でも日本で安全性の問題が起これば、彼らは同じような態度で臨むだろう。

 立場が換わって、もし日本の食品が中国で同様の問題を起こしたならば、われわれだって同じように怒りと恐慌を覚えるのは想像できることである」(「林海東:毒餃子事件の悪い知らせ」星島環球ネット・2月9日)
 
 事態は日中の調査チームとメディアにおいて、だんだん根競べに近い状態になってきたようだ。

 イラついた方が負け。

 過去の経験からそれを双方が分かっているだけに、両国の関係者は冷静に事実を追い続ける態度に徹しているようだ。

 このレポートを書いているこの瞬間、あるいは配信される直前にも解決の糸口が見つかるかもしれないが、「誰かの故意による行為」という、両者の当初の予想を裏切る事態へと進展しているために、慎重にならざるを得ないのは当然かもしれない。
 
 ただ、「故意による行為」という点で、日本のメディアの多くが「同工場では昨年末に解雇を発端にした争議もあった」という情報を流し続けているところに、わたしはどうも引っかかるものを感じている。
 
 というのも、先にあげた農村企業経営者との会話の中で、「信頼性の欠如」という話が出たからである。

 簡単に言うと、中国の農業政策のさまざまな制約のために、農村には一般に「信用」に対する意識が育っておらず、それが「売れればいい」という態度となり、過去の農薬残留事件につながったという話だった。

 つまり、売買の両者が習慣的に「信用」を重視することのない環境にあって、今回の事件が工場側への恨みから発生したと仮定しても、「製品の信用を落とすことで工場経営者を苦境におとしめる」という、回りくどい手段を犯人が取るだろうか。

 さらには、「一個人が勝手な行為をとれる状況ではない」という条件下において、である。
 
 もちろん、「中国人には一人として信用を重視する人はいない」という意味ではないから、そういった長い視点を持って工場を困らせてやろうという考えを持った人物が河北省にいるかもしれないことは否定できない。

 ただ、そこまで回りくどい方法を考え付いてまで工場への恨みを晴らそうという人物ならば、その恨みの原因はこの「昨年末の労働争議」だけが理由ではないのではないだろうかと思うのだ。
 
 というのも、日本のメディアで詳しくその「労働争議」について書いている記事を目にしたことがないので、たぶん日本の読者は知らないだろうが、この労働争議とは、実は今年1月1日に発効した『労働合同法』(「合同」は契約の意味)のあおりを受けたもので、全国各地で起こっていたものだからだ。
 
 この『労働合同法』では、企業が労働者との間で契約を結ぶことを義務付けており、その契約によって企業に労働者一人ひとりのための社会保険負担金支払いを強制化し、さらに雇用契約終了30日前までの書面通知および補償金の支払いを命じる、労働者寄りの法律となっている。

 もちろん、企業側の勝手な理由による解雇はできない。

 さらに同一企業での勤務期間が10年を超えた者には「無期限労働契約」を結ぶ権利を与えるとしており、これが企業にとって「終身雇用の強制化」になるのではないかと危惧されている。

 そのために、昨年末に全国各地で勤務期間が10年に手が届く熟練労働者を解雇するという方法を取る企業が続出した。
 
 もちろん、その行為は社会的な責任を潜り抜けようとする姑息な手段であり、そういう点では許されるものではない(そしてここにも、農村のみならず、「信用」を重視する態度が欠落しているのが分かる)。

 しかし、この『労働合同法』の発効によって百万単位の支出を迫られることになる企業も多く、先行きに不安を感じて「策を講じた」という現実も伝えられている。

 特にこれまで中国が得意としてきた労働過密型の企業にとって、その影響はかなり大きなもので、。

 実際に中国に進出している香港、台湾、韓国などの企業の間では「中国投資のうまみはなくなった」という声も聞かれる。
 
 ただ、企業側でも働き手、さらには熟練労働者は必要であり、完全にクビを切るのではなく、再雇用して勤務期間をゼロへとリセットという方法を取ったところも多い。

 そんななかでもし冷凍餃子事件がこの『労働合同法』をきっかけにした解雇が原因ならば、ますますその手の込んだ復讐の方法を取るだろうかという疑問が高まるのだ。

 もし、ほかのトラブルが原因ならば、工場周辺の調査の過程でそれが絞られてくるはずだ。

 『労働合同法』が発端となれば、立法者である中国政府の面目丸つぶれとなるわけで話はややこしくなるかもしれないが、そうでなければ、春の胡錦濤主席の訪日を控えて解明努力が図られるだろう。
 
 それにしても、日本では事件の影響で手作りが見直され、餃子の皮が売れているという。

 飽食日本においてこれまでの騒ぎになっても「餃子は自粛」とならないほど愛され、欲されるという事実も驚きだ。

 日本で食される餃子は上海風の焼き餃子が伝わったものだといわれるが、一説によると中国東北地方でも焼いて食べるそうだ。

 北京などでは「水餃子」と呼ばれ、厚い皮のままぼとんぼとんとお湯に入れて煮たもの
が食される。

 残った「水餃子」を改めて日本のように焼いて食べると、水分をたっぷりと吸った皮の歯ごたえがなんとも言えずよい。
 
 そういえば、とふと思った。

 昨年夏、「日本の食料自給率が40%を切った」と、かなり話題になったことを覚えておられるだろうか。

 確かに農業の先細りは長年語られてきたことであり、パーセンテージとしてボトムラインを切ったことで多くの人たちがその現状を憂いていたが、スーパーにもコンビニにも食べ物はずらりと並び、外食だって容易に出来る飽食日本で「食が危ない」と言われてもな、というのがその時の実感だった。

 あの時に提案された「農業、農村の振興策」はその後、どうなったのだろうか。
 
 いつの間にか、日本の生活には加工食品、冷凍食品がどっと増えた。

 気がついたら、間に合わせじゃなくて、普通に家族そろっての食卓にそれらが並ぶようになってしまっている。

 毎日毎日、新鮮な材料だけ買って調理している人はどれだけいるのだろう。

 もしかしたら、日本で農業への関心が薄まったのは、そんな「出来合い」のものに人々が慣れきってしまったからかもしれない。

 もし、これを機会にこれまで冷凍や加工済み食品に頼ってきた生活を手作りに切り替えれば、またその材料をそこへ届ける農業への関心ももっと身近なものになっていくのではないだろうか。
 

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