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イラクの子供たちの今

http://www.dahrjamailiraq.com/hard_news/archives/iraq/000630.phpより転載

バクーバ、9月2日発(IPS) --引き続く米軍の軍事作戦にともなう暴力
が子どもたちからいわゆる「子どもの頃」を奪ってしまった。

 バグダッドの北50キロにある人口28万人のバクーバ市では、開いている学校
は、わずかに2つの州立学校と1つの私立幼稚園だけである。どこの学校も機能し
てないことを、ほとんどの子どもたちが知っている。

 彼らが欲しがる食べ物さえも、である。4人の子どもの父親であるマフディ・ハ
ッサンはIPSの取材に、「親たちは基本的な食べ物さえ、なかなか満足に与えて
やれない」と語った。

 「チョコレートやパイ、あるいはその他の食べ物の話をする者もいない。イラク
国民はそれが重要事ではないことを知っているからだ」と、バクーバ住民ウィサム
・ジャファルがIPSに話した。「子どもたちは他の家族と同じものを食べる。
オモチャも遊びに接するのも、お祭りと特別の行事のときだけだ」。

 ディヤラ州の州都バクーバ市は、アルカイダ勢力と戦う米軍作戦の中心地域とな
ってきた。市民は双方から被害をこうむっている。

 今まで、イラクでは難局を生き延びるのがやっとという子どもが、1つの世代を
形成してきた。1990年年代、イラクに経済制裁が科されたときには、国連発表
によると、50万人以上の子どもたちが死んだ。

 1996年には、オルブライト元米国務長官がCBSのテレビ番組で、レスリー
・スタールからこう質問された--(イラクへの経済制裁は)50万人の子どもが
命を落とすだけの価値があることと思うのか、と。オルブライトはこう返事した-
-「ひじょうに難しい選択だが、それだけの代償を払う価値があると思う」と。

 経済制裁の期間、イラクの子どもは8人に1人が栄養失調、病気、薬不足のため
に死んだ。

 2003年3月の米軍によるイラク侵攻は、事態に変化をもたらすかもしれない
という期待を抱かせたが、変化といえばさらに悪化しただけであった。

 「1990年代には、子どもたちは栄養不良ではあったが、路上であそぶ場所を
みつけることはできた」とハリド・アリ(地方の経済学者)はIPSに説明した。
「今では、暴力のせいで、子どもたちは屋外に出ることさえできない。そして実際
に、多くの子どもたちが暴力によって殺されてきた」。

 子ども用のブランコが何台か設置された公園がバクーバにある。もう一つの公園
は、最近になって、イラク人NGOが改造してくれた。祭の日や休日になると、ど
ちらも人があふれる。危険があると思ってはいても、親たちはそのような日には子
どもを外に出してやらなければと考えるのだ。

 だから他の日には、公園を訪れるのは2~3家族より多いことはない。

 サジド・アシムは水道局で働いて毎月175ドルを稼いでいるが、「確かに、特
別な料理や晴れ着、ゲームを買ってやったり、ピクニックに連れて行ける余裕はな
い」と話した。仕事を奪われた者にとって、しかもそれが多数なのだが、状況は悪
化している。

 やっとのことで学校に通っている子どもたちの抱える問題について、教師や経営
者たちはIPSに次のように指摘した。

 「授業はイラクの政情を反映してきた」と、小学校のサルマ・マジド校長が話し
た。「子どもたちは学校に通えないこともいばしばで、私たちも週に3日以上は休
んでいるでしょう。今年は特に暴力がひどすぎて、全学年の授業が遅れている」。

 「学校は子どもを遊ばせることはできるが、安全ではないときもある」と彼女は
言った。「多くの学校で校舎が迫撃弾を見舞われた」。

 7月30日に発表されたオクスファムのイラク報告によると、「子どもたちの9
2%が学習するのに障害を抱えていて、その多くは現在の恐ろしい環境に起因する
。教師と生徒は怖くて登校できないので、学校はいつも休校だ。イギリスの団体<
子どもたちを救えSave the Children>による推計では、現在、学校に行けない子ど
もたちは80万人を越えており、2004年当時の60万人より増えた。

 オクスファムの報告はさらに、栄養失調になっているイラクの子どもたちの率は
、2003年の米軍侵攻前19%だったのが、現在は28%に上昇した。2006
年には新生児の11%以上が未熟児で生まれたが、2003年には4%だった。

 物不足は子どもたちにあらゆる種類の困難をもたらした。名前を明かさなかった
ある母親は、「息子を学校に連れて行くとき、カバンにサンドイッチを入れてあげ
たわ」と話した。「でも息子は、家に帰ってきてこう言ったの。サンドイッチを食べ

ることはできなかったよ。だって、友達はサンドイッチを持ってきてなかったん
だ。友達の親は持たせることができないんだ」。

 地元の小学校教師アリ・アッバスは、生徒が朝食抜きで学校に来るのは、今では
日常茶飯事になった、と説明した。

 「ある日、児童の1人が突然、気を失ったんです」とアッバスが話した。「私た
ちは彼女を校長室に運んで、意識が回復したとき、なぜ気を失ったか尋ねてみまし
た。彼女が言うには、家では朝食を用意できないので、彼女は朝から食べてなかっ
たんです」。

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