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やっぱり!柏崎原発直下に断層存在

新潟日報2007年7月18日より転載

柏崎原発直下に断層存在

 震度6強、マグニチュード(M)6・8を観測した新潟県中越沖地震を引き起こした断層は、東京電力柏崎刈羽原発の直下にかかる可能性が高いことが、18日までの気象庁などによる余震分布の解析結果で分かった。東電も「余震分布をみて、断層が原発の直下にあることを認識した」と認めた。

 同原発は、活断層による直下型地震を考慮し設計しているが、想定は最大M6・5。Mが0・2違うとエネルギーは約2倍になるといい、設計時の前提が大きく崩れたことになる。

 東電広報部は「原発の設計時には今回の規模の地震は想定していなかった。今後、さまざまな調査を踏まえ社独自の調査も考え、直下型地震に備えたい」としている。

 本震の震源は、原発の北東約9キロ、深さ約17キロ。余震の発生域は、同原発に接するように本震の震源から南西方向に長さ約30キロ、幅約15キロの範囲で広がり、最大のM5・8など一部の余震は海岸沿岸の陸域にかかっている。

 余震は、本震で動かなかった断層が活動することで起こるため、中越沖地震の原因となった断層は、この余震域に沿う形で延びている可能性が高い。断層面は、日本海側から陸側に向かって下がる形になっているとみられる。

 柏崎刈羽原発の1号機の設置許可をめぐり、周辺住民が国の許可処分取り消しを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は2005年、活断層が周辺に存在するとの原告側の主張を「原告側が主張する活断層はそれ自体、断層ですらないもので、地震の原因にならない」と退けていた。

 東京大地震研究所の島崎邦彦教授は「気象庁の余震分布から断層面を推定すると、原発の下に差しかかっている可能性はある。今後、地殻変動の衛星観測データを分析して詳しい断層モデルが得られれば、詳細な議論ができるだろう」と話している。

 以前から柏崎刈羽原発の耐震性の不備を問題視していた柏崎刈羽原発反対地元3団体の武本和幸さんも、地震後の17日に同原発構内を視察し、不安を強くした。武本さんは「原子炉建屋近くの地盤が波打っていた。原発直下の地盤が動いたのではないか」と指摘した。

 リケンが地震で生産ストップになって相当影響がでてきている。

 ピストンリングとカムシャフトのトップメーカー

 リケン=理化学研究所 1945年敗戦時、朝鮮に巨大な資本を投下し、ドサクサにまぎれて財産を持ち帰ったばかりか軍の倉庫から膨大な物資をタダ同然で払い下げを受け、独占として生き残り田中角栄を輩出した軍需企業ではないのか?

 ウィキペディアより検索

[編集] 財団法人 理化学研究所

  • 1917年に渋沢栄一を設立者総代として皇室からの御下賜金、政府からの補助金、民間からの寄付金を基に財団法人理化学研究所として東京都文京区駒込に設立された。 初代所長は菊池大麓
  • 1921年大河内正敏が3代目所長に就任、研究室制度を打ち出す。神奈川県藤沢市の大日本醸造株式会社内に大和醸造試験所を設立し、合成酒の製造研究を開始。
  • 1922年、研究室制度が発足。主任研究員に大幅な自由裁量が与えられた。主任研究員は各帝国大学の教員と兼務でもよく、研究室を理化学研究所でなく各帝国大学に置くことも自由になった。主任研究員が予算、人事権を握り、研究テーマも自主的に決める研究室制度は、理化学研究所を活性化したが、湯水のように研究費が投入された結果財政難に陥った。
※この年、鈴木梅太郎研究室の高橋克己が長岡半太郎や寺田寅彦の助力を得て魚のタラの肝油から世界で初めてビタミンAの分離・抽出に成功した。試作品として売り出したところ、肺結核の特効薬との噂が広まり患者の家族らが殺到する事態となった。大河内所長はその様子を見てこれを工業化することを決断し、鈴木梅太郎研究室をせきたてて4ヶ月で工業化にこぎつけた。既存の医薬品企業と提携せずに理化学研究所の自主生産で「理研ビタミン」を販売し、財政難を乗り切った。1924年には理化学研究所の作業収入の8割をビタミンAが稼ぎ出した。ビタミンAの1カプセルあたりの製造原価は1,2銭だったが、理化学研究所はこれを10銭で直接販売したため利益幅は大きかった。
  • 1927年に、理化学研究所の発明を製品化する事業体として理化学興業を創設し大河内所長が会長に就任した。理化学興業と理化学研究所は工作機械、マグネシウムゴム、飛行機用部品、合成酒など多数の発明品の生産会社を擁す理研産業団(理研コンツェルン)を形成してゆく。最盛期には会社数63、工場数121の大コンツェルンとなった。1939年の理化学研究所の収入370万5000円のうち、特許料や配当などの形で理研産業団各社が納めた額は303万3000円を占めた。その年の理研の研究費は231万1000円だったので、理化学研究所は資金潤沢で何の束縛もない「科学者たちの楽園」だった。のちに理研コンツェルンの事業を継承した会社にはリコー理研グループと呼ばれる企業群がある。
  • 1937年に仁科芳雄研究室が日本で最初のサイクロトロンを完成させた。1943年に大型サイクロトロンを完成させた。
  • 1941年、陸軍の要請を受け、仁科芳雄が中心となって原子爆弾開発の極秘研究(ニ号研究)を開始。
  • 1946年、太平洋戦争終結とともに連合軍司令部の指命により理化学研究所、理研工業(理化学興業の後身)、理研産業団は解体され、仁科研究室のサイクロトロンも海中に投棄された。公職追放された大河内所長に代わって仁科芳雄が第4代所長に就任。

[編集] 株式会社 科学研究所

  • 1948年、「株式会社科学研究所」(初代社長仁科芳雄)発足。財団法人理化学研究所は正式に解散した。
  • 1952年、株式会社科学研究所(新社)設立。旧社は科研化学株式会社に改称し、純民間企業となる(現在の科研製薬株式会社)
  • 1956年、「株式会社科学研究所法」が制定され、政府の出資を受ける。

[編集] 特殊法人 理化学研究所

  • 1958年に「理化学研究所法案」が制定され、特殊法人「理化学研究所」として新たに発足した。
  • 1967年埼玉県北足立郡大和町(現在の和光市)に大和研究所(現和光本所・和光研究所)を開設、本拠地を駒込からここへ移転。

[編集] 独立行政法人 理化学研究所

[編集] 歴代理事長

[編集] 特殊法人

  1. 長岡治男 1958年10月~1966年10月
  2. 赤堀四郎 1966年12月~1970年4月
  3. 星野敏雄 1970年4月~1975年4月
  4. 福井伸二 1975年4月~1980年4月
  5. 宮島龍興 1980年4月~1988年4月
  6. 小田稔 1988年4月~1993年9月
  7. 有馬朗人 1993年10月~1998年6月
  8. 小林俊一 1998年8月~2003年9月

[編集] 独立行政法人化後

  1. 野依良治 2003年10月-

[編集] 研究拠点

国内

研究所の本拠所在地とは別の都市に研究拠点を置いているものはそれも付記。

  • 本所(埼玉県和光市
  • 和光研究所(埼玉県和光市)
    • 中央研究所
    • フロンティア研究システム
    • 脳科学総合研究センター
    • 仁科加速器研究センター
  • 筑波研究所(茨城県つくば市
    • バイオリソースセンター
  • 播磨研究所(兵庫県佐用郡佐用町
    • 放射光科学総合研究センター(SPring-8の保有は財団法人に移管)
  • 横浜研究所(神奈川県横浜市
    • ゲノム科学総合研究センター
    • 植物科学研究センター
    • 遺伝子多型研究センター
    • 免疫・アレルギー科学総合研究センター
    • 感染症研究ネットワーク支援センター(東京都千代田区)
  • 神戸研究所(兵庫県神戸市
    • 発生・再生科学総合研究センター
  • 駒込分所(東京都文京区
  • 板橋分所(東京都板橋区
海外

[編集] 各研究部門について

  • 本所の次世代計算機科学研究センターとは、汎用京速計算機のことである。
  • 和光研究所内の中央研究所では、物理学、生物・生命科学、化学等の基礎研究を行っている。事務部門・広報部門等の理化学研究所全体の支援部門も含む。
  • フロンティア研究システムは、次世代研究のための先端的研究を行う部門として設置されている。
  • 脳科学総合研究センターは、以前フロンティア研究センターの一部門であったが、陣容の拡充の終了、研究テーマを継続する決定が行われた事(日本学術会議)等によって、フロンティア研究センターから分離し、永続的研究センターとして位置づけられている『元グループディレクターは伊藤正男(現:沖縄科学技術大学院大学)』。
  • 仁科加速器研究センターは、故・仁科芳雄名誉教授を記念する研究センターで、主として重イオン加速器やリニアック、放射光実験などの研究を行うセンターである。なお、このセンターと日本原子力研究開発機構との間で開発が行われたのが、播磨研究所のSPring-8である。現在は、RIビームファクトリー(注)の運用に向けた準備が進められている。
  • 神戸研究所は、京都大学医学系大学院附属再生医学研究所等とのコラボレーションによって設置され、発生医学の基礎的研究と再生医学の実用化に向けた研究が行われている。製薬関連の研究も行っており、分子イメージング技術の研究設備を併せ持つ。また、2010年度までに近隣に理研が次世代スーパーコンピュータを整備する予定である[1]
  • 横浜研究所では、DNAからたんぱく質までの生命科学全般にわたる研究を行っており、日本最強磁場を持つ物質解析用MNRを運用し、実験を行っている。また、GRAPE-DRの兄弟機である、Protain Exploreが稼動中。
  • 筑波研究所では、農林水産省附属生物資源研究所等とのコラボレーションによって、ゲノムリソースやゲノムアーカイブ等の研究を行っている。また、P-2隔離実験施設を運用している。

(注)RIビームファクトリーとは、RIがRadio Isotopeのことである。つまり、放射性同位元素を構築して、ビックバン以降、現在も宇宙で創られているであろう不安定な核種のほとんどを実験室内でつくり観測できるようにしようという壮大なプロジェクトである。心臓部は、超伝導リングサイクロトロンからなる。

[編集] 組織の特徴

各拠点毎に、研究組織を持つ。一般の研究所のように、教授職、助教授職等の一般職以外の特徴を以下に示す。

フロンティア研究センターは、グループディレクター制を採用しており、グループディレクターを中心にして、研究プログラムの複数年次に渡る研究が行われている。グループディレクター制とは、任期付きの教授のようなものであり、COEプログラムのように人事権、及び予算権を持つ。

科学技術庁傘下の特殊法人であったため、主に産業界との連携が強い。例えば、パラメトロンを開発した、後藤英一名誉教授のように、論文だけではなく特許等も取得することによって、産業界からも予算を獲得して、研究資金とするためである(注:全部が、全部ではない)。そのため、グループディレクターとは、研究のプロジェクトマネージャー的な存在である。

グループディレクターが、プロジェクトマネージャーならば、プログラムディレクターはプロジェクトリーダである。グループディレクターの配下には、複数のプロジェクトリーダーが所属し、各専門別研究テーマを遂行する。つまり、グループディレクターは、一般の研究所や大学ならば、教授に相当し、プログラムディレクターは、助教授や主任研究員に相当する。

さらにリケンで検索

株式会社リケンは、東京都千代田区に本社を置く自動車や産業用機械の部品を製造するメーカーである。ピストンリング製造最大手。東京証券取引所1部上場企業。

目次

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[編集] 概要

  • 沿革
    • 1927年(昭和2年) 理化学興業株式会社として設立
    • 1932年(昭和7年) 柏崎工場を建設
    • 1949年(昭和24年) 理研柏崎ピストンリング工業株式会社、理研工業株式会社より分離設立
    • 1950年(昭和25年) 理研ピストンリング工業株式会社に改名
    • 1979年(昭和54年) 株式会社リケンに改名
    • 2007年(平成19年) 柏崎工場が新潟県中越沖地震で被災。ライフライン復旧まで操業停止。取引先の富士重工業軽自動車の生産停止。
  • 資本金 8,573,597,000円
  • 本社所在地 東京都千代田区九段北1-13-5

[編集] 事業所

  • 営業所
    • 札幌営業所 北海道札幌市白石区中央2条6-4-10
    • 仙台営業所 宮城県仙台市泉区泉中央4-1-5
    • 神奈川営業所 神奈川県厚木市中町3-3-9
    • 浜松営業所 静岡県浜松市鍛冶町319-28
    • 名古屋営業所 愛知県名古屋市中区錦1-17-13
    • 大阪営業所 大阪府大阪市中央区高麗橋4-1-1
    • 広島営業所 広島県広島市東区光町1-12-20
    • 福岡営業所 福岡県福岡市博多区博多駅前1-4-4
    • ジャカルタ駐在員事務所
  • 工場
    • 柏崎事業所 新潟県柏崎市北斗町1-37
    • 熊谷事業所 埼玉県熊谷市末広4-14-1

 間違いない。やっぱり理研=子会社のリケン

 不二越といいリケンといい日本海側の会社は朝鮮侵略戦争と密接な会社が多い!

 日本列島がまさにカンバン化されたおそるべき工場だということだ。

 すさまじいね

 新潟日報より転載

トヨタなど生産休止・中越沖地震で部品調達難しく

 トヨタ自動車など自動車メーカー5社は18日、新潟県中越沖地震で被災した自動車部品大手リケンの主力工場の操業停止を受け、生産を一時休止することを決めた。各社はリケン以外の部品メーカーからの調達を急いでいるが、リケンのシェアが高い部品は必要量の手当てが困難な状況。生産休止の動きはさらに広がる可能性がある。

 トヨタは19日夕から22日まで主力の高岡工場(愛知県豊田市)をはじめとする国内全工場で生産を休止することを決めた。23日以降については「未定」としている。日産は20日に追浜(神奈川県横須賀市)と栃木(栃木県上三川町)の両工場でそれぞれ2本の生産ラインのうち1本を休止する。

 スズキは19日から3日間、湖西(静岡県湖西市)をはじめとする完成車、部品の計5工場の生産を休止する。四輪車で約1万台分に相当する。磐田(静岡県磐田市)ではリケン製部品を使わない四輪駆動車だけを生産する。(22:51)

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